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先日、ぱるさんのブログで「片足を失ったオカメインコ」の話を読んで、
ペットを飼うという事と、アイデンティティについてずっと考えていました。
どうしてアイデンティティがでてくるのかというと、
片足を失ったオカメインコが、それでもご飯を食べたりケージの中を動き回ったりしてる。ということに衝撃をうけたからです。
自分だったら病院のベッドで布団をかぶって泣き続けてるだろうし、
片足を失ったことを受け入れるまで、何ヶ月も(もしかしたら何年も)かかるだろうな・・・と思ったからです。
鳥さんてほんとにすごいなって思います。
公園でカモのケンカを見てても、すぐにシッポをフリフリっと振って、お互いにスーっと別の方向に泳いでいって、後は何もなかったようにしています。引きづらないというか、ドライというか・・・。
ささいな事から重大な事まで、気にしないで生きていけるってすごい強さだなーと思います。
外見だって少しでも良くみせたいと思うし、人間関係は中学時代から常に悩んでいるし・・・
自分の外見や、他人からどう見られるか、というところにアイデンティティを求めない強さが鳥さんにはあるって事なのかな。と思いました。
「遊びたい!」とか「おやつ!」とかいう自我はあるけど、
人間みたいに常に満たされない自我には悩まされてないってことなのかな・・・
ここは「だって人間だもの」と流さずに、鳥さんを見習いたいとおもいます。
今日から愛鳥のマハカラを教祖様と呼ぶことにします。
なんちて。
教祖様にポッチっとお願いします。
ぱるさんのブログで「片足を失ったオカメインコ」の話へはこちらからどうぞ
奇跡の生還-片足を失ったオカメインコ-
ぜひお読み下さい!
先日、ぱるさんのブログで「片足を失ったオカメインコ」の話を読んで、
ペットを飼うという事と、アイデンティティについてずっと考えていました。
ペットショップのオカメインコがネズミに足をかじられて瀕死の状態だったのですが、
オーナーの応急処置が功を奏し、片足を失うも元気に暮らしているというのです。
私たちの飼う鳥さんたちは、みんなペットとして飼われるために生まれてくるのであって、
だからその子たちをお迎えする以上、幸せでいてくれるための努力を可能な限りしなきゃならないんだって事を、改めて感じました。
鳥さんと暮らしていると、自分の感情のムラとか、器の小ささを思い知らされることが多々あります。。。
残業で毎晩御前さまの日々が続くこともあるし、出張に出なきゃならないこともあります。
でも鳥さんには私しか居なくて、私の家が世の中のすべてなんだって事を改めて思いました。
子供のいない私にとって鳥さんは、嫉妬なしで100%の愛情を注ぐって事を教えてくれた初めての存在です。
それから無条件に愛情を注がれるという経験も、鳥さんが教えてくれました。
無垢で愛らしくて、人には無い強さを持ってて、でも飼い鳥だから人間に頼って生きていて。
いつも癒してくれて笑わせてくれて、私の飼い鳥になってくれて、
ありがとうって思いました。
長くなったので、つづきは次回にします。
「片足を失ったオカメインコ」の話は、ぱるさんがブログで載せられています。
ぜひ読んでみてください!
奇跡の生還-片足を失ったオカメインコ-
ぱるさん、すてきなお話を載せて頂いてありがとうございます!
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はじめまして。
溺愛していたセキセイインコを亡くして2年経ち、
ペットロスも落ち着き、ヒナをお迎えする環境も整ったため、
新しいセキセイインコをお迎えしました!
そしてまたも溺愛中。。。
インコの成長日記と、インコのお迎えを機に始めたバードトイ作りについて、綴っていく予定です。
「マハカラ」はお迎えしたセキセイインコの名前です。
普段は「ちゃむ」と呼んでます。
お迎えして2~3日は名前が決まらなかったのですが、
ときどき『ちゃむちゅっ』と鳴いていたので「ちゃむ」にしました。
そうしたら、姉が「”ちゃむ”って、”まはから”のことだよ」
というので、”マハカラ”が名前で、通称”ちゃむ”ってことになりました。。。
(マハカラというのは、チベットかどこかの神様の名前だそうです(テキトウですみません。。。))
というわけで(無理やりまとめる)、
マハカラとわたし(まもです)をどうぞよろしくm(__)m
お迎え後1週間くらいの画像です。
まだあんまり慣れてなくて、
にらまれながらケージ越しに撮りました( ´ _ `;)
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